A.Y 千葉大学医学部・東京慈恵会医科大医学部合格

 田中先生には中学受験の時にもお世話になりました。小学生の頃から国語があまり得意ではなかったのですが、先生の授業を受けて国語の成績を安定して取ることが出来るようになり、志望校に合格出来たので、大学受験のときにもう一度指導をお願いすることを決めました。
 私は国公立医学部志望だったので、国語塾では、共通テスト対策を中心に指導して頂きました。また、初めは横浜市立大学医学部志望だったので、小論文の対策も高3の夏前から始めました。横浜市立大学を受けることはなかったのですが、この時の対策や経験が私立の医学部を受ける時に役に立ったかなと思います。
 共通テスト対策は小論文対策と並行して少しずつやっていきました。私は古文や漢文の基礎が全く定着していなかったことが分かり、先生にお勧めされた参考書や勉強法で、少しずつ知識を定着させていきました。夏くらいから共通テスト向けの問題を解くようになり、直前はずっと共通テスト対策ばかりしていました。難化すると予想されていた共通テストでしたが、最終的には国語で167点を取り、かなりよい結果だったのではないかと個人的に思っています。
来年の傾向はまだ読めませんが、国語塾の授業や演習で先生に教わったことを復習すれば、必ず結果はついてくるはずなので、安心して下さい。
 共通テスト後は私立医学部の小論文対策をして頂きました。医学部の小論文は癖が強く、練習しないとなかなか書けないのですが、入試直前の医学部受験生には手が回らない所なので、しっかり対策して頂けて心強かったです。
 田中先生はただ国語を教えるだけでなく、理系科目との兼ね合いを考えて指導してくれ、志望校の相談、勉強方法のアドバイスなど、生徒のことを親身になって考えてくれます。
最後になりましたが、田中先生のご指導がなければ合格はなかったと思います。
本当にありがとうございました。

R.D(栄光学園、駒場東邦、栄東東大選抜 他合格多数)

淑乃先生の授業で一番よかったことは語句です。語句は、先生からいわれた教材をやり、毎週テストをやっていました。そうすることで、志望校で出る文が読みやすくなり、語い力が上がりました。
読解の授業を受けていたことによる、読解力の伸びもすごかったです。
志望校の過去問や、志望校に近い文の読解を、解く、直す、解く、直すと繰り返すことで読解力、3回の授業のあとに1回やる模試で、時間配分の技術を学ぶことができました。
先生の授業は怒られたりして大変なこともあったけれど、いつも授業に行きたいと思っていました。それは、新しいことを学ぶことが楽しく、語い力、読解力などの国語力が上がっていることを実感できたからです。
淑乃先生の授業を受けていてよかったです。

 長女の受験で淑乃先生にお世話になり、いれかわるように、長男の中学受験に向けての勉強がスタートしました。
息子の志望校は栄光学園でしたが、息子の中学受験は、娘とは全く違うものになりました。
理由は2つ。
1.すでに淑乃先生との信頼関係ができていたこと
2.娘と息子の性格の違い
があったからです。

 1つめの淑乃先生との信頼関係。
 これは息子の受験ライフを大きくかえました。先生による志望校に特化したご指導への信頼があったため、息子は毎日たっぷり眠れることができ、受験勉強そのものを楽しむことができました。
 それらが可能になったのは、大手集団塾での国語の学習を取捨選択できたからです。集団塾の日曜特訓や志望校対策の土曜講座の国語の授業には参加せず、通常授業の参加のみとしました。ここに時間のゆとりが生まれました。
私は、集団指導の限界と語句の学習の重要さ、そして、中学受験の国語の対策は志望校ごとに違うということを娘の時に痛感しましたので、息子は、早くから、
1.個人で
2.語句を大事に
3.志望校にむけて
の学びを開始しました。
 娘でお世話になっていたので、息子のときは授業の始めから先生との信頼関係があり、この方向性に迷いはありませんでした。
 集団塾の模試の偏差値を高く維持することが目的ではなく、志望校合格が目的であり、そこに導いてくださる素敵な先生がいる。これらの受験の土台が、息子の受験を健やかなものにしてくれました。
 これは、息子と淑乃先生の間に信頼関係がなければできないことです。そして、この信頼にもとづいて歩み続けた結果は、模試の数字にあらわれました。
 秋以降に、他の大手塾で行われた駒東と栄光の模試の国語の結果がよかったのです。お世話になっている集団塾でも栄光の模試がありましたが、こちらの国語も高い偏差値がとれました。
「ピンポイントの国語の成果」です。同時期に受けた学校名がついていない公開模試は、相変わらず偏差値が乱高下していました。これらの数字をみて、さらに、息子の先生に対する信頼が増しました。そして、だからこそ、読解の添削課題にも根をあげずに向き合えたのだと思います。

 2つめの理由である、娘と息子の性格の違いも受験ライフを大きく変えました。
 娘は負けず嫌い。女の子なので、計画力や自ら振り返る姿勢がありました。
 しかし、息子はマイペース。ときには模試の結果を確認することを忘れて過ごすこともありました。得意な科目も違い、同じ事を達成するために要する時間も方法も違います。必要な休憩時間も違います。メンタル面でのサポートも違いました。
 娘は、早くから学習を「自分で」進めるようになりました。しかし、息子が、「自分で」進めたい意思を見せ始めたのは、姉よりも遅かったです。学習計画も、娘は自分でたてていました。娘にとって、計画は自分でたてないと意味がないものでした。でも、息子は、最後まで、計画を私が提案し、一緒に調整していくという流れで学習計画を作っていきました。進捗状況の確認、計画の調整も私が介入していました。息子にとっては、私と一緒にたてた計画でも彼のモチベーションが下がるものではなく、意味のあるものでした。当然、姉と弟の受験ライフは、まったく違うものとなりました。
 そんななか、私の中で一つの不安がよぎったのです。娘の性格には、淑乃先生の、ほめすぎず叱咤する指導が功を奏したけれど、息子には難しいのではないかという不安です。先生の叱咤が、息子に響かない、または、息子がつぶれてしまうのではないかと思ったのです。 しかし、この不安はすぐになくなりました。授業後、何度も、息子に「今日こそ泣いちゃったでしょ?」と聞きましたが、いつも答えは、「なんで?」でした。なぜなら、淑乃先生のご指導は、相手の性格や目的、状況によって、投げる球や投げ方を調整できる万能ピッチャーのようなものだったからです。
 先生は、息子には息子にあう球を投げてくださいました。息子は先生の高い人間力にも支えられ、自分の力を発揮することができたのだと思います。
淑乃先生からときおり頂く私へのメッセージの文面から、先生が息子の志望校のみならず、「人となり」までをデータとしてキチンと把握してくださったうえで、最後までぶれずにご指導してくださったことが伺えます。
 長くなりましたが、息子の6年生の1年間は、ゴールを共有し、導いてくださった先生の存在により、健やかで笑顔のあるものでした。夏休みも毎日9時間はぐっすりと眠り、長丁場の講習も楽しむことができました。私は、親だからこそ見えてしまう息子の様々なダメな部分に目をつぶり、彼の様子を見守る余裕がありました。
 これこそ、淑乃先生との信頼関係によるものでした。2人の子供だけではなく、私も多くを学び、改めて茅ヶ崎国語塾との出会いに感謝しております。本当に長い間お世話になり、ありがとうございました。

K.T(慶應文学部、明治経営学部、他多数合格)

 私は、茅ヶ崎国語塾の田中先生に小論文と古典の授業をみていただきました。
 私は、高校1年の1年間、アメリカに留学していたので、1年間分の日本での勉強に遅れを取っていました。そのため、かなりの不安を抱いて高2を迎えました。
私は高2になったとき、高校1年間の遅れを取り戻すための勉強は特にせず、学校の勉強に主軸を置いて基礎固めをし、高2で学習することは全て理解しようと取り組むことにしました。この結果、自然と高校1年の学習もカバーすることができました。高3から市販の問題集や過去問を使って応用に取り組みました。
私は慶應志望だったので小論文が必要でしたが、小論文は他の科目と違って自習するのが難しかったです。国語塾で慶應の過去問に取り組むなかで、要約の仕方や自分の考えの書き方を学びました。特に、要約のとき、本文のキーワードを確実に拾う方法を教えていただきました。また、小論文の学習を深めていくうちに、自分がなぜその大学のその学部に行きたいのかということを内省することができました。
 受験での大きな悩みは、社会の科目でした。私は高2では世界史を選択していましたが、学んでいく中で世界史に苦手意識を持つようになり、高3から日本史に変えました。周りからは高3で世界史から日本史に変えるのは厳しいと反対されましたが、ひたすら日本史と向き合い、高3の夏には第一志望の慶應で戦えるレベルまで持っていくことができました。
私は模試や過去問を解いた際の分析を大事にしていました。自分の苦手箇所や、得意な箇所、時間配分のコツ、苦手な問題形式を書き出すことで、効率よく勉強をすることができました。特に私は高3の6月まで部活をやっており、十分な勉強時間が取れていなかったので、いかに時間を有効活用して学力を上げるかに重点を置いていました。自分の現状や、自分の特徴を可視化するためにも分析ノートはとてもよいし、おすすめです。
 勉強はやった分だけみんな等しく成果が出るというわけではありません。成果の出かたには個人差があります。私は成果がすぐに出る方ではなかったので、焦っていたし、いくら勉強しても届かない場所はあると思ってしまった時期もありました。でも、努力を続けなければ少しの成果さえも出ないと思ったので私は努力することを辞めませんでした。要領が悪いならその分もっと頑張るしかないと思っていました。結果的にその報われないかもしれない努力が身を結んで合格につながったと思っています。
 なかなか結果が出ないときに励まし続けてくれ、一緒に戦ってくれた田中先生には、本当に感謝しています。ありがとうございました。